黒川博行の「疫病神シリーズ」は、今のところ
「疫病神」(新潮)「国境」(講談社)「暗礁」(幻冬舎)「螻蛄」(新潮)「破門」(角川)の5篇が出版されています。
黒川作品とは、最近まで縁がなく直木賞を受賞した「破門」を手に取るまで読んだことがありませんでした。任侠ものはあまり好きな分野ではないのでアンテナに引っ掛かって来なかったのかとは思うのですが、「疫病神シリーズ」はヤクザが主人公だからこそ描けるおもしろい世界があるのだということを認識させられた作品です。
主人公は、大阪ミナミに事務所を構えるヤクザ絡みのさばきを請け負う建設コンサルタントの二宮(一応かたぎ)と二蝶会幹部のヤクザ桑原で、二宮は桑原のこと不運を運んでくる「疫病神」と嫌っている。登場人物は、ヤクザものだけでなく悪徳不動産屋・詐欺師・不良警官・議員・生ぐさ坊主・在日外国人などなどろくでもない人たちのオンパレード。脅し暴力拉致騙し何でもありで下品この上ないお話しばかりです。
メインの舞台が大阪で、漫才のような大阪弁の会話が繰り広げられます。大阪弁で語られる小説は、なんかまどろっこしく読みにくいイメージを持っていたのですが、「疫病神シリーズ」では全てが振り切っていてこれでなければ成立しない感じです。
「国境」は、シリーズ2作目でシリーズ一番の長編大作といえる作品です。
詐欺師を追って、中国から北朝鮮に渡るくだりは真に迫るものを感じさせられます。川を挟んで国境を隔てた中国と北朝鮮の状況。川に架かる一本の橋だけが北朝鮮に渡る唯一の方法。タバコを賄賂に国境をぬけ入った北朝鮮の惨状。それとは対象的な高級官僚が利用する贅沢なホテルや見た目飾り立てられた平壌の街並み。このように描き切られると、これが本当の北朝鮮の姿のようなリアルな体験をしてきたような感覚になりました。黒川先生は北朝鮮のことをどのように取材されたのでしょうか。大変興味が湧いてきます。
趙という詐欺師に手玉に取られた二宮は、損害を被った組に目をつけられ多額の賠償を迫られる。同じく趙に出資金詐欺で騙された二蝶会から趙にけじめを付けさせるよう命じられた桑原。二宮を自分の手足として使いたい桑原は二宮に協力を求める。疫病神と桑原を嫌い関わり合いになりたくない二宮であったが、ヤクザに不条理な賠償を迫られている状況から背に腹は変えられず、二人の利害が一致し協力して趙を追うことになる。
趙が北朝鮮に潜伏しているという情報を得て、渡航、密航と2度も北朝鮮に渡り趙を追うことに。北朝鮮でも平壌の裏社会とやりあったり、高級官僚の滞在するホテルに潜入したり、とやりたい放題。国境警備隊に追われ命からがら川を渡り中国に逃げ帰るまで、ハラハラドキドキのアドベンチャーが繰り広げられます。
しかし苦労を重ね追っていた趙は捨て駒で、老舗一流ホテルにからむ裏があり黒幕の存在が明らかに。あわよくば、組のしのぎを自分の懐に入れようと画策する桑原とそんな桑原からなんとか金を引っ張りたかろうとする二宮の駆け引き。結果、思うように桑原の懐には金が入らず・・・
二宮は、いつも桑原に振り回され骨折り損のくたびれ儲けで終了。
ただ、なんとか最悪の状況は抜け出せていつもの日常に戻るというオチ。
「疫病神シリーズ」のなかでは、個人的にはこの「国境」が一番です。北朝鮮潜入のくだりは圧巻です。シリーズを通して変わらない二宮と桑原の掛け合い。ビジネスライクでけなし合うような関係でありながらベースではお互い信頼しあっている部分がある、腐れ縁な関係。この二人が織りなす冒険譚がまだまだ続くことを期待します。(「破門」では桑原が二蝶会から破門され組員じゃ無くなってしまいましたが今後どんな展開になることでしょか?)