「犯罪者」「幻夏」「天上の葦」の3冊は、数ヶ月前にhontoで割引セールされていたときに何冊かまとめて大人買いした時、単に高評価だったのでとりあえず買っておいたものでした。当然、太田愛という作家もデビュー三部作とも知らずにいたのです。数ヶ月放置していて、本でも読むかと手にとったのが「天上の葦」でした。
白昼、老人が渋谷のスクランブル交差点で何もない空を指さして絶命した。正光秀雄96歳。死の間際、正光はあの空に何を見ていたのか。それを突き止めれば一千万円の報酬を支払う。興信所を営む鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込む。そして老人が死んだ同じ日、ひとりの公安警察官が忽然と姿を消した。その捜索を極秘裏に命じられる停職中の刑事・相馬。廃屋に残された夥しい血痕、老人のポケットから見つかった大手テレビ局社長の名刺、遠い過去から届いた一枚の葉書、そして闇の中の孔雀……。二つの事件がひとつに結ばれた先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた!? 鑓水、修司、相馬の三人が最大の謎に挑む。
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初めて手にとったのが、「天上の葦」で上下巻1800ページにも渡る超巨編で3部作の3作目だったのです。読み始めて早々からこの作品より前の作品があることに気づきます。主人公たち登場人物の関係性の背景がわからないところもありますが、本筋にはそれほど影響するものでもなさそうなので気にせず読みすすめることにしました。でも、これから読まれるなら「犯罪者」「幻夏」「天上の葦」の順に読むほうがいいですよ。
渋谷のスクランブル交差点の中央で、老人が天を見上げ指差した後に絶命する様子がテレビ中継に映り込むという事件?が起こり巷の話題となっていた。興信所を営む鑓水に以前に因縁がある人物から調査依頼が来る。それは、件の老人が指指していたものを突き止めるというもの。普通なら断じて引き受けることのない相手ではあるが、大金を盗まれ夜逃げ寸前まで追い込まれていた鑓水は1千万円とうい高額報酬に抗えず、1千万円前払い2週間以内に真実を突き止められなければ全額返金という条件でこの不可解な調査依頼を引き受けることになる。1千万円は借金返済でなくなり2週間で解決できなければ、興信所は閉鎖その後奴隷のような生活が待っている鑓水は、自身の存亡をかけ助手の修司とともに調査を開始する。一方、鑓水の盟友で生活安全課の刑事相馬は、停職処分を受けていた。そんな時、所長から公安に極秘の調査協力を命じられる。それは、失踪した一人の公安刑事の行方を追うというものであった。
こんな感じで物語が始まるのですが、不可解な老人の死・不可解な調査依頼・不可解な公安への極秘任務とこれからどんな展開が待っているのか全く想像もつかないままぐっと物語に引き込まれていきます。マスコミ・政治家・公安となんとも胡散臭い構図が徐々に明らかになり、壮大な近代史の闇に足を踏み込んで行くことになります。そして、新聞社・軍(大本営)・特別高等警察の繋がりによる戦時下の言論統制と同じ構図で言論の自由を脅かす陰謀が浮かび上がるのです。
白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなければならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の友人で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。
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私が次に手にとったのが、太田愛デビュー作「犯罪者」です。この完成度の高い作品がデビュー作とは驚きです。
クラブで知り合った女性からメールで呼び出され待ち合わせのため駅前広場を訪れた修司は、白昼の通り魔事件に巻き込まれる。ヘルメットにエナメルコートを羽織った黒ずくめのダースベイダーのような犯人による犯行でたまたま居合わせた4人の一般市民が刺殺され修司はかろうじて生き残る。犯人は犯行現場近くのビルで麻薬中毒死の状態で発見され犯人死亡で事件は早期解決に向かっていた。通り魔事件の聞き込みにあたっていた相馬は、一人生き残った修司の供述を取るよう命じられ病院を訪れる。修司は、犯人は冷静で正気であり薬中とは思えないと語り、相馬も事件の状況に不自然なものを感じるのであった。修司は、病院に現れた謎の男に「遠くに逃げてでもなんとしても10日間生き延びろ」と告げられる。友人宅で数日過ごした後自宅に帰った修司は、通り魔の犯人と思われる男に襲われる。それを相馬が助け秘密裏に修司を匿いこの不審な事件を独自に調査することを決意する。そこで協力を求めたのは盟友でフリーライターの鑓水であった。
通り魔事件の被害者と思われる5人は、当然通り魔などではなく意図して殺されたわけなのだけれど、たまたま駅前広場で待ち合わせていただけで全く無関係に見える人たちにはどんなつながりがあるのか?その鍵を握るのが一人だけの生存者である修司ということになり、病院で修司に接触してきた謎の男が大きな手がかりなのですが、男はなぜ被害者たちを知っているのか?10日とは何を意味するのか?と多くの謎が提示され目まぐるしい展開に読者はどんどん物語に引き込まれていくのです。政治家と企業の癒着による賄賂に口利き、公安上層部の権力争いと政治家に忖度して動く公安刑事。それらが絡み事件の隠蔽と保身が行き着いた先の非情な犯罪。本当にありそうな恐ろしい物語になっています。
「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」毎日が黄金に輝いていたあの夏、同級生に何が起こったのか――少女失踪事件を捜査する刑事・相馬は、現場で奇妙な印を発見し、23年前の苦い記憶を蘇らせる。台風一過の翌日、川岸にランドセルを置いたまま、親友だった同級生は消えた。流木に不思議な印を残して……。少年はどこに消えたのか? 印の意味は? やがて相馬の前に恐るべき罪が浮上してくる。司法の信を問う傑作ミステリー。日本推理作家協会賞候補作。
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相馬少年のひと夏の思い出。退屈な夏休みが引っ越してきた同級生となる少年とその弟と知り合ったことで輝き出す。そんな楽しい夏休みが終わり同級生として過ごすはずであった新学期が始まる9月のはじめ、その少年は川辺にランドセルをおいたまま流木に刻んだ不思議な印を残して失踪した。相馬には忘れることの出来ない夏となった。興信所を営む鑓水は、年齢不詳の女性から23年前に失踪した息子を探してほしいと依頼される。とりあえず息子とその弟と3人で過ごした自宅を見てほしいという女性に従い家を訪れた鑓水は、そこで家の鍵と300万円を預けられる。その後家を出ていった女性は行方をくらます。お金を受け取った鑓水は断ることもできず調査を始めるのであった。
相馬は、少女誘拐事件の捜査にあたっていた。事件発生から58時間が経過していた。事件現場には相馬には忘れれれない印が残されていたのである。23年前の少年失踪事件との関連を疑う相馬であったが上層部には取り合ってもらえず独自に捜査するべく情報を求めて鑓水の元に訪れる。そこで鑓水が調査依頼された内容を知り協力するべく情報交換をすることになる。
スタンド・バイ・ミーを彷彿させるような3人の少年達のひと夏の経験。その裏に隠された真実とは?それは冤罪事件に起因する悲劇であった。そして23年後に起こる少女誘拐事件はどこに向かうのか?運命に翻弄される不運な家族の真実がなんともやるせない物語なのです。
3部作に共通するのは、しょっぱなに不可解な謎が提示され重層的に紡がれるストーリーが次第に明らかになり予想もしないような結末に導かれてしまう構成の妙と言えるでしょう。それとは気づかせないように巧妙に張り巡らされている伏線の貼り方は見事としか言いようがなく、適切なポイントで見事に回収されていきます。
根底にあるテーマ性も明確で物語を通しての問題提起となっています。「犯罪者」では、政治と企業による癒着が行き着く事件の隠蔽。薬害エイズ事件を彷彿させる企業と政治家・官僚による事件の隠蔽と保身。「幻夏」では、冤罪事件を生む警察・検察・判事による権力の乱用。「天上の葦」では、大本営発表の偽りに翻弄された国民とそれに従った新聞社と法律を乱用して言論統制をして取り締まった軍官(政府)を題材に言論の自由に切り込む内容になっています。
「犯罪者」では修司の、「幻夏」では相馬の、「天上の葦」では鑓水の、それぞれの生い立ちや抱えているであろう問題の背景が明らかにされています。そういう意味でも3部作できれいに一旦は完結されていると言ってもいいでしょう。おそらく最初から予定された構成どおりの3部作だったと思わされます。ただ、この3部作でファンにならされた一読者としては、もっと鑓水・修司・相馬の物語を読みたいと切望するのは人情というものです。できることなら黒川博行の「疫病神シリーズ」のようなシリーズ物として作品が今後も発表されることを期待します。