「麒麟の舌」と呼ばれる絶対味覚を持つ料理人、佐々木充は「最期の料理請負人」を生業としている。
「最期の料理請負人」とは、余命少ない人から最後の晩餐としての思い出の料理を再現して提供するという仕事で、一度味わった味覚は忘れること無くいつでも完全に再現できるという絶対味覚を持った佐々木だからできる仕事である。ただ、好んで請け負っている仕事ではなく有能な料理人でありながらも独善的な経営で店を潰し多額の借金を背負い返済のため今できる仕事をこなしてしているだけのことであった。
そんな佐々木のもとに中国最高位とも言える料理人、魚釣台の料理統括 楊晴明 から、天才料理人山形直太朗が残した満漢全席をこえる料理「大日本帝国食菜全席」を再現してほしいとの依頼を受ける。しかしそれは失われた4冊の「大日本帝国食菜全席」レシピを探し出すところから始める必要があり、分相応の仕事ではないと一度は断ろうとするも借金が返済できるほどの高額の報酬に釣られ受けることに。
物語は、現在の佐々木の「大日本帝国食菜全席」を追い求めるパートと、過去の山形直太朗が料理人として満州に渡り「大日本帝国食菜全席」のレシピを作り上げていくパートが入れ子に描かれストーリーが進みます。
山形直太朗のパートでは、料理人としての資質を見込まれ天皇陛下に献上するための「大日本帝国食菜全席」を完成させるという栄誉にあずかれ、料理人として充実した日常と異国の地とも言える満州での苦労、そして、完成した「大日本帝国食菜全席」にまつわる忌まわしい陰謀をしらされ苦悩し、逃れられない運命に翻弄されながらも愛する人たちへ伝えるためのメッセージとしての「大日本帝国食菜全席」を守るため心身を削る姿が描かれます。
佐々木のパートは、山形直太朗の日本での足跡を追い血縁を辿り「大日本帝国食菜全席」のレシピを探す物語です。山形直太朗のことを調べるうちにその実子である幸が生存していることを知り話を聞くことで、依頼人楊晴明の真の目的が「大日本帝国食菜全席」の再現ではないと気づき、「大日本帝国食菜全席」のレシピをめぐる過去のいきさつが次第に明らかになっていきます。
山形直太朗の妻が持ち帰ったと思われる4冊のレシピの行方・「大日本帝国食菜全席」にまつわる陰謀の謎・楊晴明の真の目的・孤児院で育った佐々木の出自、そのすべての謎が紐解かれる時それぞれの歩んできた人生の知られざる真実が明らかになるのです。
この作品は、戦争によって人生を翻弄され現在までそれぞれに心の凝りを抱え生き抜いてきた人たちが、佐々木の「大日本帝国食菜全席」をめぐる調査の過程で明らかになる意外な真実によって、過去の偽りの真実から生まれた大きな誤解と秘密、そこからねじれ始め意図せず傷つけてしまった後悔などのそれぞれの思いが癒され救われる、そんなヒューマンドラマをミステリー仕立てで描いた秀作です。
山形直太朗のヘブライ語の暗号のくだりは、たしかにいろいろと伏線を張られれはいるものの、そこにたどり着くまでの過程には若干都合よく行き過ぎている感は否めませんし、佐々木の調査の過程でもそういったことを感じる部分がありました。しかし、テンポ良いストーリー展開には若干のご都合主義的な部分は致し方なく、目を瞑っても問題ない程度と私的には思えます。
満州国での満漢全席を超える「大日本帝国食菜全席」をめぐる歴史的で壮大な物語は、エンターテイメント性も充分で、張り巡らされた伏線も綺麗に収められ、関東軍の陰謀やレシピをめぐる争奪戦などきな臭い内容から、感動的なラストに持っていく演出は見事です。
こんな小説がデビュー作とは、素直にすごい作家さんだと思います。