「カササギ殺人事件」著:アンソニー・ホロヴィッツは、現代に蘇った往年の探偵小説。

2018年の「このミス」ほか、多くの海外ミステリーのランキング1位を獲得して話題となった アンソニー・ホロヴィッツ (著) 山田 蘭 (翻訳) の「カササギ殺人事件」読まないわけには行きません。

海外ミステリーは、習慣や文化の違いから理解しにくい部分があったり、言語の問題から根幹に関わるトリック(特に暗号やアナグラムなど)がよくわからなかったりと敷居が高い部分があます。それ以上に翻訳によって面白さが大きく左右されることから、いくら名作と評価されていても自分に合うかどうかは読んでみないとわからない、ということでなかなか手を出しにくかったりします。

「カササギ殺人事件」に関しても、アガサ・クリスティーのオマージュとしての面白さを存分に味わうためには、アガサ・クリスティー作品や、英国探偵小説やドラマなどについてある程度理解していないとおそらく全くわからないでしょうし、事件の動機の根幹に関わる謎解きについても英語のスラングをわかっていないと自力では解けません。

なので、作品全体に散りばめられた、クリスティーをはじめとする英国ミステリーについてのオマージュ的表現まで存分に楽しむことは私にはできませんでしたが(そのあたりのことは巻末の解説で述べられています)、そこを差し引いても質の高い探偵小説として十分に楽しめることのできる作品です。

カササギ殺人事件

注意;ネタバレあり

あらすじ

作家のアラン・コンウェイは、アティカス・ピュントが探偵をつとめる作品をすでに8作発表しているベストセラー作家で、9作目となる「カササギ殺人事件」を書き上げた。担当編集者のスーザン・ライランドは、社長のチャールズがアランから直接受け取ったという原稿のコピーを週末の自宅で読み始める。

「カササギ殺人事件」は、1950年代の英国の田舎町を舞台にしたミステリーで、村で力を持つ准男爵のマグナス・パイの屋敷で家政婦のメアリが階段から転落死することから始まる。警察は事故として処理したにもかかわらず、村では事故当時言い争いをしていた息子のロバートが殺したのではないかという噂が広がっていた。ロバートの婚約者ジョージーは、このままではロバートとの結婚が危ぶまれると危惧し、ロンドンのアティカス・ピュントのもとになんとかしてほしいと相談に訪れたのだった。

ピュントは、事件にもなっていないことから自分にできることはないとジョージーの依頼を断わった。数日後、同じ屋敷でマグナス・パイの無残な他殺死体が発見されるというニュースを読んだピュントは、ジョージーの依頼を思い出しこの事件に興味を抱くのであった。ピュントはガンを患い余命が幾ばくもないことを医者に宣告されており、自分が関わる最後の事件としてパイ屋敷の殺人事件の解決に赴くことにする。

この「カササギ殺人事件」は、アランがアガサ・クリスティーのオマージュとして書き上げた完成度の高いミステリーで、スーザンの出版社の業績を左右する作品でもあったのだが・・・まさに佳境、あとは名探偵ピュントの謎解きを残すだけというところで原稿が終わっていたのだ。これはチャールズの嫌がらせか?犯人を当ててみろということか?と考え推理を始めるのであった。

しかし、翌日衝撃のニュースが入る。作者のアランが死んだという。自殺らしい。「カササギ殺人事件」の結末についてはチャールズも週末に初めて読んでどういうことでかさっぱりわからないらしい。結末部分をまだ書き上げていないのか?あえてアランが渡さなかったのか?誰かが抜き取ったのか?スーザンは意味がわからないまま、「カササギ殺人事件」の結末を探し始める。

結末部分はどこにも残されておらず、自殺前のアランの行動や人間関係を知るうちに、アランは自殺ではなく殺害されたのではないかとの疑惑がスーザンの中で湧き上がってくる。そして「カササギ殺人事件」の結末が消えたことが関わっていると確信するに至るのであった。

感想など

「カササギ殺人事件」のタイトルは、登場人物であるベストセラー作家アラン・コンウェイが書いた作中作のアガサ・クリスティーをオマージュとするミステリーのタイトルです。アラン・コンウェイは、アティカス・ピュントを探偵とするミステリーを8作品発表済みで9作品目で最終作品となるのがこの「カササギ殺人事件」なのです。

作中作とはいえ、「カササギ殺人事件」単品で優良なミステリー作品として成立しています。このミステリー作品をキーとするその作者と出版社を巻き込み展開されるミステリーが本筋となります。なので上巻でアガサ・クリスティーオマージュの「カササギ殺人事件」というミステリーを楽しみ、下巻で「カササギ殺人事件」を巡る人間模様が絡んだ事件にまつわるミステリーを楽しめるのです。

この入れ子の妙味。作中作とそれを巡るミステリーの絶妙なリンク。かなり詳細な構成を構築しないと成り立たない、練りに練り上げられた作品です。構想15年、書き上げるのに5年には感服させられます。これほど緻密でさりげない伏線を張り巡らせ最終的には2つの作品を見事に違和感なく一つにまとめあげている。すごい作品だと感心させれています。

ただ、大どんでん返しが起こるわけでもなく、涙する感動的な結末でもなく、ワクワクドキドキするようなエンターテインメント的な作品でもないのでそういったものを求める読者には退屈で物足りない作品と映るかもしれません。

でも、淡々と謎をとき張り巡らされた伏線を回収しながらなるほどそういうことだったのかと結末に納得させられる完璧な構成は、謎解き探偵小説ファンにはたまらない作品であり、アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンなどの往年の海外名探偵作品のファンであれば楽しめる作品であることは間違いないでしょう。

あと、本作品の重要な要素に暗号やアナグラムが用いられていて、英文の暗号を日本語に当てはめるにはかなり苦心されたのではないかと容易に想像が付きます。その点については翻訳者の山田 蘭氏の手腕は見事で読みやすい翻訳も流石です。最後にアティカス・ピュントのアナグラム<Atticus Pünd → A stupid cunt>は、英語のスラングを理解していないと解けないことと、これが殺害の動機であるということに関しては、日本人の私にはいまいちピンとこず、作品内でも最終的にはたいした問題にならずアランの作品が売れ続けることになっているので、動機に関しては、追い詰められていた犯人の深い思い込みということで理解することにします。