昭和史に残る劇場型犯罪「グリコ森永事件」を題材にしたミステリーで、第7回山田風太郎賞受賞・週刊文春ミステリーベスト10第1位・第14回本屋大賞第3位と注目のミステリー小説です。話題作ということでだいぶ前に購入していたのですが、なぜだかなかなか手に取ることができないでいたのです。最近映画化され結構評価が高く興味をひかれ、映画館で見ることはできなかったのですがぜひサブスクなどで見たいと思い、まずは原作に触れようと今回読み始めたのです。
罪の声
あらすじ
京都でテーラーを営む曽根俊也。自宅で見つけた古いカセットテープを再生すると、幼いころの自分の声が。それは日本を震撼させた脅迫事件に使われた男児の声と、まったく同じものだった。一方、大日新聞の記者、阿久津英士も、この未解決事件を追い始め―。圧倒的リアリティで衝撃の「真実」を捉えた傑作。
https://www.amazon.co.jp/罪の声-講談社文庫-塩田-武士/dp/4065148251/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=罪の声&qid=1616640167&sr=8-1
京都市北部の住宅街で亡き父の店を継ぎテーラーを営む曽根俊也は、母・妻・娘の4人家族で平穏な日々を過ごしていた。4日前に胃潰瘍で倒れ入院している母の「アルバムと写真を持ってきてほしい」というお願いを果たすため、母の部屋に入り依頼のモノがしまってあるという電話台の中を探した。中には父の遺品がしまってあると思われるダンボール箱がありその中からカセットテープと黒革の手帖を見つける。
かなり古いものと思われる手帳には、ぎっしりと意味のわからない英文が記されており、カセットテープには、父に連れて行かれた近所のスナックでカラオケを歌う俊哉の声が録音されていた。当時まだ三十歳前後であった父の姿を思い出し懐かしさを覚えていたところ「プチッ」と言う音とともに歌を歌っていた幼い頃の自分の声で不可解な内容の録音が続いていた。
その録音の内容は、30年前に世間を賑わせた未解決事件「ギン萬事件」で身代金の受け渡しの指定場所を指示するために使われた音声と同じものであり、改めて手帳を確認すると「ギンガ」や「萬堂」という単語の記載が確認された・・・なぜ自分の声が犯罪に使われたのか?父が?家族の誰か?が「ギン萬堂事件」の犯人に関わりがあるのか?曽根俊也は、今まで知らされることのなかった家族の真実を追うことを決意する。
時を同じくして、大日新聞の年末特集で「ギン萬堂事件」を取り上げることになり、記者の阿久津英士は取材班に起用され「ギン萬堂事件」の4ヶ月前にオランダで発生した「ハイネケン誘拐事件」で探偵まがいの行動をしていた「ロンドン在住の東洋人」の情報を調査すべくイギリス出張を命じられ「ギン萬堂事件」の真実を追う取材活動が始まる。
詳細な取材に基づく事件の事実ありき
作者の塩田武士氏は、神戸新聞社勤務の経歴で独自に取材した「グリコ森永事件」の事実を基に事件発生の時系列に確認されている事象を押さえながらその狭間に存在する未解明の部分をフィクションで埋め合わせることで物語が組み上げられています。「グリコ森永事件」の裏では、こんな物語が展開されていたのではないかと感じさせられるストーリーは秀逸です。
私達一般人には、ニュースで流される表面的な事象しか知りませんが、警察の捜査やマスコミの取材からもしかしたら逮捕までは至らなくても犯人グループの近くまで迫る情報があたとしても不思議ではありません。おそらく作者はそのあたりまで迫る情報を取材活動で得た上でこの作品に仕上げたのでしょう。実際かなりリアリティを感じさせられるストーリーの仕上がりになっているのですから。
事件の鍵を握る3人の子供
「グリコ森永事件」では、3人の子供の録音音声を使った事実があり、30年という年月が経過してその子達は現在では、40歳前後の現役世代であるはずなのです。罪の声は、その子どもたちの人生にスポットを当てることで物語の奥行きを出しています。主人公の一人である曽根俊也がその一人で、何も知らないままなに不自由のない生活を営んでいたところから家族がギン萬堂事件に関わっていたのではないかという重大な事実に行き当たり父は関わっていないことを信じ家族を守ろうとします。あとの二人はどのような人生を歩んでいるのか?この子どもたちの描かれ方が罪の声の核心部分と言えるでしょう。
感想
グリコ森永事件の事実を踏まえたストーリー構成で有ることから、登場人物はかなり多彩で警察関係・報道関係や犯人グループの暴力団・仕手筋・通信技術者・警察関係者など複雑な人間関係があり犯人グループの仲間割れなどが入り乱れ一筋縄で解きほぐせない事件です。その多彩な事実をフィクションでつなぎ物語を構成していく事はパズルを解くようなかなり難解な作業であることは想像に難くありません。
おそらくそのせいで、若干冗長で読みにくく感じさせられる部分があることは否めません。私自身読み終えるまで普通以上に時間を要しました。面白いと感じるエンタメ小説なら同じくらいのボリュームでも長くても2〜3日で一気読みするのですが、罪の声は1週間以上かけて読み終えた感じです。
とはいえ罪の声が面白くなかったということではありません。読み終えた感想は、面白かったなのです。読み終えてグリコ森永事件の真実はこれなんじゃないのか!と思わされるほど秀逸に練り上げられた物語です。犯人の家族に焦点を当てた物語の構成が良かったのでしょう。最後には思いもかけなかった事実も明らかになり、途中は切なくも悲しい内容もありますが読後感はなんかスッキリした気分にさせられる終わり方で、映画も早く見てみたいと思いました。