最新刊は高いのでめったに買わないのですが、電子書籍だとたまに大幅値引きクーポンが発行されるのでそのときに限っては値引き額の大きい話題の最新刊を買うことにしています。
今回は、40%OFFクーポンと少しのポイントを使って今話題の「盤上の向日葵」を1086円で購入してみました。(定価1944円)
いま世間の注目を集めている将棋界を舞台に据えたミステリーで高い評価を受けている作品です。
「盤上の向日葵」柚月裕子著
あらすじ
実業界の寵児で天才棋士――。 男は果たして殺人犯なのか! ?
さいたま市天木山山中で発見された白骨死体。唯一残された手がかりは初代菊水月作の名駒のみ。それから4ヶ月、叩き上げ刑事・石破と、かつて将棋を志した若手刑事・佐野は真冬の天童市に降り立つ。向かう先は、世紀の一戦が行われようとしている竜昇戦会場。果たしてその先で二人が目撃したものとは! ?
日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!amazon より
天木山山中で発見された白骨死体は時価600万円をくだらない初代菊水月作の名駒を懐に抱えていた。過去奨励会に所属し将棋のプロを目指すも挫折し今は埼玉県警の刑事の職についている佐野は、将棋の知識を買われ叩き上げの刑事石破とともに初代菊水月作の駒の捜査を命じられる。初代菊水月作の駒は7組の存在が確認されており駒の所在を追って地方を駆け回り現在の所有者の確定をすすめる。その過程を通して(将棋の知識に疎い)読者は名駒と呼ばれる将棋の駒の事や棋士にとって駒や盤がどういう意味を持つものなのかの認識を自然と深めていくことができるようになる。
一方で、昭和四十六年からの上条桂介の物語が語られる。
奨励会を経ずして異例のプロとなり破竹の勢いで上り詰め初のビッグタイトルに挑む上条圭介。東大卒業後IT起業で財を成し数年で実業界を引退、その後アマチュア棋士をへて異例のプロ転向。将棋界の話題を一身に集める上条圭介の生い立ちがしだいに明らかになっていく。
長野県諏訪市で幼少を過ごした圭介は早くに母をなくし父からはネグレクトを受けていた。圭介の唯一の逃げ場は将棋であった。そんな圭介をたまたま知った唐沢は圭介の将棋の才能を見抜き、自分の子供のように将棋と人生の先生として圭介に尽力していた。父親のネグレクトを知り、圭介を助け将棋のプロを目指せる奨励会へ入会を進めようとするが圭介は父親を選び唐沢との関係が終わることになる。
そして、圭介は東大進学を期に父との縁を切り、東京で真剣師の東明重慶と出会う。東明との出会いが圭介の将棋に対する狂気と渇望を加速させることとなる・・・
感想
注意:ネタバレあり
よく練り上げられたストーリーで、将棋に運命を翻弄される上条圭介の悲しく切ない物語が印象的です。最後に明らかになる圭介の出生の秘密と持って生まれた血筋がたどる不幸な運命。向日葵畑で日傘をさしてたたずむ母のはかない姿とひまわりを描き続けた情熱の画家ファン・ゴッホ、真剣(賭け将棋)将棋にしか情熱を傾けることができない真剣師の東明。それらに心縛られ将棋への渇望だけが生への執着となっていく圭介。将棋盤の上に咲く向日葵が意味するものがなんなのか?最後の最後に明かされるのですが、その描き方がうまいなーと感じさせられるのです。
ストーリーを通しての謎は2つ。
・埋められたのは誰なのか?
・一緒に埋められた初代菊水月作の名駒の意味することは?
となります。
そして、それらを遺棄したのは上条圭介なのか?白骨死体の殺人にも関わっているのか?が、2つの謎を追う過程で明らかにされていきます。
前半は、圭介の少年時代と刑事の佐野と石破が初代菊水月作の駒を追い求める過程が過去と現在が交差して描かれます。圭介の少年時代は母の死や父親からのネグレクトと暴力といった悲惨な状況が描かれ、唐沢との交流と将棋への情熱がささやかな救いに感じさせられます。この唐沢と将棋への関わりが後に圭介の運命を翻弄していくことになるのです。
初代菊水月作の名駒は持つべく人の下で持たれるべくその所在を転々と変え、圭介もその駒との出会いによりさらに東明重慶と知り合うことで自分自身の将棋への渇望と狂気を思い知ることになります。
実業家から将棋のプロへと転身して活躍する上条圭介とその辛く悲しい少年時代を知ると、プロとして頂点を極める圭介の姿を見たいという思いにかられ、できることならハッピーエンドのストーリーであればいいのにとう思いが募ってきます。しかしそんなハッピーエンドで終わるようなストーリーであるはずもなく予想通り儚く悲しい結末を迎えます。
将棋のことはほとんど知らない私でも、駒や盤のこと、将棋界のしきたりや真剣師と呼ばれる将棋打ちの存在など、物語を読み進めるための最低限の予備知識として自然に触れられ深められるようよく考えられた構成になっているなと感心させられました。ただ、ちょっと気になったのが二歩での反則負けのシーンです。圭介と東明の終焉の象徴的シーンとして描かれているのですが、将棋を極めた二人がそんなあっけないチョンボでいちばん大切であろう試合を終わらせてしまうというのがどうもしっくりしない感じなのです。まぁ、極めた二人だからこそ最後は盲目的にあっけなく散っていくというのが美しいとも取れるのでこの終わり方がやっぱりいちばんしっくりとくるようにも思うのですが・・・