童話物語 上・下 向山貴彦 電子書籍

世界は滅びるべきなのか? その恐るべき問いの答えを得るために、妖精フィツは地上へとやってきた。最初に出会ったひとりの人間を九日間観察して判断することがフィツの使命。しかし、フィツがたまたま出会ったのは極めて性格の悪い少女ペチカだった……。単行本未収録の設定資料集が追加された文庫版を待望の電子書籍化、感動のロングセラーがついに登場!

Amazon より引用

読むのがつらすぎる・・・物語の冒頭は救いのない胸締め付けられるエピソード。

物語の舞台は、とある世界のクローシャと呼ばれる地域。

クローシャ大陸の南東にあるトリニティと呼ばれる貧しい小さな田舎町から物語は始まります。

身寄りのない少女ペチカは、教会のお手伝いをしてそこで支給される食べ物や捨てられた売れ残りのパンなどを拾って飢えを凌ぐ生活を送っていた。教会の守頭からはひどい仕打ちを受け、一緒に手伝いをしている少年たちからはいじめられ、地域の住民たちには虐げられるという悲惨な状況になんとか耐える毎日であった。

街中の人たちから虐げられ誰も信じられず心を閉ざし逃げる場所もない。なんとか雨風だけはしのげるような小屋に住み今日の食事もままならない、亡き母の1枚の写真だけを心の支えになんとか生きているという悲惨なペチカの置かれた状況が物語の冒頭に描かれます。

差別、いじめ、暴力、村八分、貧困、全部をギュッとまとめてペチカにふりかけたような・・・あまりにもひどい救いようのない状況に置かれているペチカが描かれていて、はっきり言って読むのが辛くなります。さらに飢えた子猫に対してペチカが取る行動があまりにも悲しすぎて全く救いがありません。これからはじまる物語の世界の闇の部分を凝縮したようなエピソードです。

どうしてペチカは、これほどまでに虐げられるのか?

この物語の世界では「妖精の日」が訪れると妖精が世界を滅ぼすと信じられていて、太陽・月・星の天体を崇拝する宗教の派閥があり、それらの宗派の対立によって世の中は疲弊している状況です。

理由は明確には語られることはないのですが、文脈から察するにトリニティ教会はどうやら妖精の日が訪れると人類は滅亡すると信じられている太陽派で町の人達の大半がこの教会の信者なのでしょう。対してペチカの母は妖精の日が来ても優しい気持ちを持っている人は救われると信じている月派のようです。なのでペチカの家はもともとトリニティでは異端であり、それが原因で虐げられていたのではないかと推測されます。

幼い少女の面倒を見るなんてもってのほか、そんな余裕などまったくなく自分のことで精一杯。貧しく弱いものは淘汰される。そんな疲弊した荒んだ世界に生きる人達の心の貧しさの象徴がトリニティという貧しい街なのです。

妖精フィッツとの出会いでペチカの悲惨な人生が動き出す。

そんなペチカが教会の鐘を一人で掃除させられているときに出会ったのが、妖精のフィッツ。フィッツは一番最初に出会った人間とだけ会話ができ、その人間を9日間観察するという使命を持って人間界に来たのである。初めて接した人間がペチカであったフィッツは、ペチカの心を閉ざしたひねくれた意地悪で暴力的な性格に戸惑い嫌悪する。

ペチカは、妖精を見ると死ぬと信じていたため、フィッツを恐れ嫌い無視をする。

そして事件が起こる、ペチカが妖精フィッツと一緒にいるところを見咎められ、妖精を恐れるトリニティの住民たちは妖精を退治しようとペチカの小屋を焼き払ってしまう。小屋にある母の写真を守りたいペチカは、牢屋に閉じ込めようとする守頭のすきを見て逃げ出すが、その時怪我を負わした守頭にペチカはその後執拗に追い回されることになる。

この日から、ペチカの長い旅が始まる・・・

一人の少女の成長を通して描かれる優しさとは・・・

いじめられ虐げられ優しさを忘れた少女ペチカ。少女を率先していじめていた少年ルージャン。永遠に何も変わらない世界で生きる妖精フィッツ。ペチカは人の純粋な好意ですら疑いの目でしかみられないほど心を閉ざしている。ルージャンは好意を抱きながらもペチカをいじめていた自分を恥じ、ペチカを探す旅を通じてペチカが感じていた孤独と悲しさを実感し後悔の念にさいなまれる。フィッツは悲しみや苦悩とは無縁の世界で生きてきてきたため、ペチカの荒んだ心を理解できずにいたが、羽を失い妖精の世界に帰れなくり孤独や自分の無力さを知り、生きるか死ぬかの状況に置かれて初めてペチカの置かれていた状況を理解し、自分本位でペチカを非難していたことを恥じる。

ペチカは旅の途中で色んな人達に助けられトリニティの外の広い世界を知ることで、少しずつ優しい心を取り戻していく。

妖精の日とは・・・異世界のハルマゲドン?

人の心の荒廃が進んだ時、妖精の日が訪れて世界をリセットする。宗教対立と炎水晶で増幅された憎しみが引き金となってついに妖精の日が訪れる・・・果たして世界は滅亡するのか?

優しさの本質を問う異世界ファンタジーの秀作「童話物語」
先の見えない物語、ハラハラドキドキの冒険、感動のフィナーレ・・・

おすすめの一冊です。