高校事変Ⅰ〜Ⅳ 松岡圭祐:著

松岡圭祐といえば「催眠」や「千里眼」シリーズが大好きで、ヒロインの岬美由紀の活躍に夢中になっっていたのですが、これがほぼ20年前というのが驚きです。他にも最近だと「探偵の探偵」や「万能鑑定士Qの事件簿」など女性主人公が活躍する作品が多く、松岡圭祐は個性的なヒロインを多く排出している作家といえます。

そんな松岡圭祐が送り出した、令和初の超ダークヒロイン「優莉 結衣(ゆうり・ゆい)」が活躍する新シリーズが「高校事変」です。私が思うに岬美由紀を超えうる個性を持ったヒロインの登場です。「千里眼」シリーズを超える人気シリーズになっていく予感を感じさせられる作品です。

「高校事変Ⅰ」が2019年5月、「高校事変Ⅳ」が11月と半年ほどの間にシリーズ4巻が立て続けに発表されるという超ハイスピード。どこまで構想された上で発表されたのかはわかりませんが、Ⅰ〜Ⅳはベースのつながった物語でとりあえず一段落ついた感じながら、まだまだこれからの続きがないはずがないといった終わり方で長く続きそうなシリーズの予感です。

高校事変

ダークヒロイン「優莉結衣」

優莉結衣は、17歳の高校2年生で端的に言えば容姿端麗・頭脳明晰な少女です。ただ、普通とは言えない生い立ちを背負っていることから普通の学生生活を送ることはかなわない状況にあります。

結衣の父親の「優莉匡太(きょうた)」は、七つの半グレ集団「出琵婁(デビル)」「クロッセス」「D5」「首都連合」「共和」「死ね死ね隊」「野放図」を束ねる半グレ集団のボスで、金のためなら何でもするという非道な人物で、デパートにサリンなどの有毒ガスを撒くテロ行為にも及び、逮捕され結衣が9歳のとき死刑に処されます。

同時に主な幹部も死刑になり半グレ集団は崩壊し、優莉匡太の子どもたちはその後会うこと無く別々の養護施設に預けられ公安警察の監視下の置かれることになります。結衣たち優莉匡太の子どもは、学校には通わされず幼少期から犯罪のいろはを叩き込まれ育ったことから、優莉匡太の血を引く兄弟姉妹のなかから半グレ集団の再興を企むものが出てくることを公安は警戒しているのでした。

優莉という珍しい名字が仇となり、養護施設や学校でも死刑囚の子供と疎まれる毎日で友人などできるはずもなく、結衣は人と関わること無く泰然とマイペースに施設と学校を行き来する生活を送っているのです。ただ、人権団体は結衣たち子供の生い立ちに責任はないと支援を表明し生活や就学などの協力体制が整っていて金銭面などについては不自由することはないのです。

高校事変Ⅰ

以下、ネタバレあり 注意!



後に「武蔵小杉高校事変」と呼ばれる、高校生虐殺及び総理大臣人質事件の顛末が描かれる。矢幡総理は人気取りと政策アピールのため、ベトナムから帰化した田代勇次(バトミントンの全国大会優勝で国民的アイドルとなり国民栄誉賞の候補にもなった)のいる武蔵小杉高校に極秘に表敬訪問する計画をすすめるが、どこからかその計画が漏れ矢幡総理が訪問中に武装したテロ集団に強襲される。

SPを始め生徒や教員の半数が銃弾に倒れる事態となる。矢幡総理は一人のSPと共にとりあえず難を逃れ校内を逃げ回ることになる。武装集団により出入り口が封鎖され、総理の極秘訪問対策のジャミングによって電話も通じず、更に図書室に女子生徒を集め慰安所を開設するなど傍若無人な振る舞いを始める。

優莉結衣は、総理訪問にあたり総理との接触を避けるため結衣とともにクラスから疎まれている濱林 澪(はまばやし・みお)と二人別教室で自習を命じられていた。いきなり戦場と化した武蔵小杉高校の状況を察知した結衣は、澪を伴い生存する生徒と総理を開放するため武装集団の排除に臨むのであった。

高校事変Ⅱ



JKビジネスの闇と、それに関わる女子高生30名以上の失踪事件の顛末が描かれる。武蔵小杉高校事変から2ヶ月、図書室を慰安所と化した騒動から未成年者の売春が問題視されていた。そんな中、柴又の児童養護施設に妹の理恵と暮らす葛飾東高校の3年生嘉島奈々未は、施設の生活費を稼ぐためやむなく妹には清掃の仕事と偽りJKビジネスで売春をしてたところ望まない妊娠により体調不良となっていた。

一方、JKビジネスの元締めの城山はタカダと名乗る客についたJK数人が連絡が途絶え仕事に来なくなる事態から、タカダを要注意客として連絡があれば捕まえる算段をしていた。ほどなくタカダからの注文依頼を受けた城山は、体調不良で嫌がる奈々未にタカダを捕まえる段取りを施し無理やりホテルに派遣する。しかし奈々未もホテルからタカダとともに忽然と姿を消すのであった。

帰らない姉を心配した妹の理恵は、警察や施設長では当てにならないと思い、打開策がない中、最近同じ施設に住むようになった死刑囚の娘・優里結衣に思い切って声をかけてみることにする。同じ学校の3年生の姉を知っているかの問いかけに「知るわけない」とつれない対応をされるも、売春に絡んだ失踪事件と知ると理恵に協力し奈々未の救出に力を尽くすことになる。

優莉の調査からタカダとなのるシリアルキラーの存在が明らかになり、一方で姉を探すため単独行動に出た理恵は城山たちに拉致され生け簀と呼ばれるサービス要因として暴力団事務所に連れ込まれるてしまう。

高校事変Ⅲ



非行や引きこもりなどの問題児達の矯正を目的に設立された学園の裏に潜む陰謀、ISのようなテロ組織が子どもたちを集め思想教育を施しテロ要因に育て上げる手法を真似た教育機関を隠れ蓑にした狂気の計略を暴く顛末。

ディープフェイク動画によって暴力沙汰を捏造された結衣は、葛飾東高校を退学・刑事事件として裁かれる危機を迎える。そんなとき角間という塚越学園の学長が学園への編入を勧めてきた。塚越学園は政府公認で設立され問題児を受け入れ更生させる学園のため事件性が疑われる事案でも入学することで免責を受けられるとのことである。

結衣自身は全く興味がなかったが、少し前に結衣の妹・凜香(りんか)が姉弟の接触不可の決め事を破り結衣の前にあらわれ塚越学園に入学することになるようなことをほのめかしたことが気にかかり、見学にだけ参加することにする。

見学に訪れる途中、武装集団により拉致された結衣は気がつくと東南アジアらしい離島の施設につれてこられていた。そこはチュオニアンという学校施設で、塚越学園に入学するという名目で700名に及ぶ生徒たちを結衣同様に拉致し理不尽な教育を施していた。

至るところに監視カメラが設置されたうえ、銃を携えた東南アジア系の兵士たちが至るところで警備にあたっており、定められた校則に違反したものは違反点数が積み上げられ基準をオーバーすると銃殺刑に処せられるのであった。

厳重な統制で管理されているようでありながら、バイクを乗り回す暴走族まがいの生徒がいたり、特定の生徒へのいじめ行為を公認したり、ストレスのある環境ながら夜はみんなぐっすり眠れているなど不可解な状況もあり結衣はこの現状を探るべく行動に移す。

厳しい監視下に置かれる結衣であったが次第にチュオニアンの謎が明らかになる。そこには未来のない生徒たちの末路が示されていた。結衣は、その運命に逆らうべく関わりのあった生徒たちを説き伏せ武器の使い方や戦術を教え反撃に出るのであった。

高校事変Ⅳ



父・優莉匡太の抗争相手だった韓国系半グレ集団『パグェ』の暗躍とすべての糸を引く黒幕の存在が明らかになる。

優莉匡太の三男で結衣の弟にあたる健斗が通う葉瀬中学校の2年C組では、結衣同様健斗もクラスに馴染めず嘘つきとして虐げられていた。新潟のスキー教室で吹雪の中夜間の移動をすることになった2年C組のバスが、転落事故を起こし引率の担任教師を始め生徒十人以上の犠牲が出る。

生存した生徒たちは、ガゾリンが漏れているので避難する必要があると言った運転手に従い吹雪の中谷を降りていく、しばらくすると廃校がありそこに避難することにするが、先客が合ったようで部屋にはランタンが灯り、猟銃が立てかけられていた。そこでこの猟銃をめぐり事件が発生する。健斗が運転手を射殺し自分も自殺したというのである。

その知らせを受けた結衣は、担当が変わったばかりの公安刑事二人とともに健斗の遺体を確認するべく新潟に出向くのであった。運転手を射殺し健斗が自殺したという状況は疑いないものであったが、そこに至る事故の状況に違和感を持った結衣は東京に帰り独自に調査をすすめる。

調査を進めていくうちに、バス運転手が精神科に通う事実と万が一事故を起こしてしまったときの言い逃れ方法を画策していた事、さらに不審な取引に行き当たりガソリンと猟銃は、運転手が半グレ集団のパグェの末端ビジネスと取引して手に入れたことを突き止める。結衣はその証拠を刑事たちの目につくところにそっと置くことで刑事捜査を進めさせる。

パグェの情報を追ううちに外国人学校の清墨学園に行き着いた結衣は、単独で清墨学園に乗り込む。一方、結衣の残した証拠を追った公安刑事の二人も清墨学園に行き当たり期せずして、結衣と刑事たちはパグェの本拠地・清墨学園で顔を合わすことになる。そこからパグェと3人の生死をかけた全面対決が始まる。

パグェの主戦力をほぼ殲滅した結衣達であったが公安刑事の二人は結衣を逃し二人の責任でパグェと戦うことになったことにする。その後結衣は、すべてを仕切る黒幕と会い武蔵小杉高校事変の内幕を知ることになる。

感想など

大量に人が死にます。百人・数百人単位です。
結衣が手にかけるのも百人単位で、殺しまくります。普通に考えると殺人鬼ですよね。結衣自身も殺人衝動が自分のうちにあることがわかっているようです。とはいえ、結衣が手にかけるのは、結衣もしくは結衣が守ろうとする人たちに殺意を持って向かってくる輩だけです。なので結衣の殺しっぷりを目の当たりのした人たちは、はじめは戸惑いながらも自分たちのためにやむなく立ち向かっていると理解し結衣の信奉者となり警察に売るような真似は決してしないのです。

その殺し方も凄まじいの一言です。常人を超える能力と言えるでしょう。ある意味スーパーウーマンです。格闘技の天才でその立ち回りにはすきがありません。銃の扱いにもなれ目をつむっていても的を外さないのではと思わされる実力です。更に化学の知識にも長けていて日常で普通に使っているものや学校の化学の授業で使うようなものを加工して爆弾などの武器にしてしまいます。Ⅱでは即席にレールガンを作って数十台の車を一瞬に破壊してしまっています。

まさに「ダイハード」のマクレーン刑事や「24」のジャック・バウアーを彷彿させる活躍です。いわゆる生身の戦闘兵器といったところです。これを女子高校生にさせるという発想とそれを納得させる半グレのボスの娘で幼少から習い事をさせるように戦闘訓練を積んできたという設定。息をするように人を殺せる殺人兵器に育ちながら、自分の過去に照らし虐げられている人たちを救いたいという思いも持っているという人物設定。なかなかいいバランスですよね。

人殺しを続けながらもその心情とカリスマ性からか助けた人たちには結衣の行動を目の当たりにしながらも慕われ心を通わせていく。その環が広がることで結衣の心も成長していくそんな姿が想像できるのですが、それもどこかで破綻してしまうのではと思ったりします。作者はどんな落とし所を考えているのか興味深いところです。

時代設定が、まさに「今」なのも面白いです。来年2020年東京オリンピックが開催される前年2019年の東京が主な舞台です。矢幡総理は現総理大臣を彷彿させる描写で、Ⅰの舞台は今話題の武蔵小杉。教育改革なども旬な話題です。JKビジネスやISを彷彿させる少年少女拉致にによる思想教育。外国人労働者の受け入れや帰化問題。などなど。半グレ集団のボス優莉匡太に至ってはオウム真理教を彷彿とさせる描写で幹部とともに死刑に処せられます。このあたりもまだ記憶に新しい出来事です。

という感じで、時事問題をふんだんに取り入れた物語構成はさすがとしか言えません。「高校事変」は、「今」読むことで楽しさが倍増する小説なのです。